年代記

ArcheAgeのストーリーや世界観

ナナの日記

説明

ナナ(オーキッドナの愛称)が記した日記。

最初の遠征隊員たちについて記されている。

ゲーム内では、各適性のレベルを上げると、ブルタン城の女王の部屋にいるダミアンから、日記の原稿を入手できる。

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構成

第1章 旅の始め(キープローザ)

#1

キープローザは、私にこの日誌を書き続けるよう約束させた。そうすれば、彼女がいない間、これまでの冒険を忘れずにいられるし、待っている間も少しは退屈しないだろう、そう言っていた。おそらく、それ以外にも、私が変にならないように心配してくれているのだと思う。彼女はきっとそれを認めないけれど。

あの深くて、少し不安そうな茶色の瞳で見つめられたら、断れるはずなんてない。彼女のことが、私は世界でいちばん好きだ。彼女のためなら、私はなんだってできる。人を殺すことだって、きっとできる。……ううん、もう、してしまったこともある。

だから、少し書くだけで彼女が安心するなら、ちゃんと書き続けようと思った。

でも今、みんなと一緒に庭園の扉をくぐっていく彼女の背中を見送りながら、私は思ってしまう。

彼女は、きっと知らない。

頭の奥の静かなところで、誰かが小さく囁く声を。

夜になると、暗い中で、蛇たちが話しかけてくることを。

#2

物心ついたころからずっと、その声は聞こえていた。意味のわからない言葉の囁きが、首筋を這う蜘蛛のように、頭の奥をくすぐった。私は長いあいだ、それが誰にでも聞こえているものだと思っていた。

キープローザは辛抱強く、私に話し方や読み書きを教えてくれた。そのおかげで、少しずつだけれど、私の中に響いていた言葉の意味も分かるようになっていった。

「助けてくれ」

井戸の底から響くような、無数の声。

「解放してくれ」

「我らは待っている、我らの女王を」

それが、彼らの言葉だった。

意味を理解できるようになると、私はその声に応えようとした。私は好奇心が強かったし、彼らの苦しみは、どうしても解きたくなる謎のように感じられた。

苦しそうに叫ぶときには、どこに閉じ込められているのかを尋ねた。女王を呼ぶときには、その人がどこにいるのかを聞いた。けれど、どれだけ問いかけても、彼らが答えることは一度もなかった。どこにいるのかも、誰なのかも分からない。ただひとつ確かなのは、彼らには私の声が届いていないということだった。

でも、モミの木の城の人たちには、私の声は聞こえていた。

壁や影に話しかける、奇妙な少女の噂は、すぐに広まった。山奥のダイアー城では、「普通じゃない」というだけで、受け入れられないことも多かった。

そんな中で、キープローザが私のもとに来てくれた。台所の人たちが「塔の狂った子ども」の噂をしているのを聞いたのがきっかけだったらしい。彼女は城の使われていない見張り塔の階段を上って、小さな私の部屋まで来て、ベッドの隣にそっと腰を下ろした。

「ねえ、あなたは誰と話しているの?」

そう言って、彼女は片腕で私をやさしく抱き寄せた。

「声だよ!」

私はそう答えた。彼女が少し戸惑った顔をしたので、できるだけ一生懸命に説明した。彼女は何も言わずに私の髪をくしゃっと撫でながら、静かに話を聞いてくれた。

話し終えると、キープローザはベッドの横にしゃがみ、私と同じ目の高さになった。

「よく聞いて」

少し間をおいて、彼女は言った。

「私は、あなたみたいに声は聞こえない。おばあさまも、ここにいる他の人たちも、みんな同じ。もし、あなたに声が聞こえるって知られたら……うまく理解してもらえないかもしれない」

まだ幼かったけれど、私はもう、まわりの人の気持ちをなんとなく感じ取ることができた。彼女のやさしい笑顔の奥に、はっきりとした恐れがあるのが分かった。それは、私のための恐れだった。

「お願いがあるの」

彼女は続けた。

「もう、その声と話さないって約束して。できる?」

私は、ぎゅっと顔をしかめて、真剣にうなずいた。彼女が言うなら、それが正しいことだと思ったから。

それだけで、十分だった。

#3

キープローザの愛は、モミの木の城の人々と私のあいだに、いつもそっと立ちはだかる壁のようだった。

私の力が強くなるにつれて、私は出会う人の本当の気持ちを読み取れるようになっていった。笑顔の裏に、嫌悪や哀れみ、ときには恐れが隠れていることも多かったけれど、彼女だけは違った。彼女のまっすぐな想いだけが、朝の光みたいに、迷いなく私に届いていた。

ある日、彼女に髪をとかしてもらいながら、そのことを話してみた。すると、少し驚いたことに、彼女は小さくうなずいた。

「私もね、少しだけならできるの」

そう言って、彼女は静かに打ち明けてくれた。

「でも、誰にも知られてはいけない。お父さまは黒い魔法に取りつかれて追放されたの。ダイアー城の人たちは、今でもそのことを恐れているわ」

櫛を動かす手は優しいまま、彼女は続けた。

「いつか、あなたが大きくなったら、一緒にここを出ましょう。そしてデルフィナードの大きな学院で魔法を学ぶの。でも、それまでは、ずっと秘密にしておかないといけないの」

私はうなずいた。ちゃんと約束を守れていることが、少し誇らしかった。鏡の中で、彼女が微笑んだ。その笑顔に、私も小さく笑い返した。

私たちの秘密は、またひとつ増えた。

#4

モミの木の城にいる誰よりも、いちばんはっきりと、そして隠そうともせずに私を嫌っていたのは、女王その人だった。

血縁上では祖母にあたるロジアは、私が城の門前に籠に入れられて置かれたその日から、私を家族として認めなかった。追放された息子への憎しみはあまりにも強くて、その人が生み出したものすべてに向けられていたのだと思う。レイヴンの望まれない子どもで、正式な婚姻もないまま生まれ、捨てられた私に、最初から居場所なんてなかった。

それでも、不思議と彼女のことは嫌いになりきれなかった。むしろ、その正直すぎる憎しみには、どこかで納得していた。侍女たちや町の人たちが、私のいないところでだけ囁くのに対して、ロジアの冷たい視線や言葉は、冬の風みたいにまっすぐで、嘘がなかったから。

キープローザもまた、父のことで苦しんでいた。でも彼女に向けられる女王の軽蔑には、どこか隠しきれない誇りが混ざっていた。

私が拾われたあの日、ロジアは私をもう一度森に捨て、狼に食わせるよう命じたらしい。けれど、まだ幼かったキープローザが、こっそり森へ出て私を見つけ、自分の部屋へ連れ帰ってくれた。

そのことが知られたとき、女王は激しく怒ったという。大広間での口論は、今でも侍女たちの間で語り草になっている。でも結局、ロジアは彼女の中に自分と似た強さを見たのかもしれない。だからこそ、私をそばに置くことを許した。ただし、私は決して正式なダイアー城の一員とは認められなかったけれど。

モミの木の城の中で、私は少し変わった存在だった。王家の名を持たず、女王には嫌われ、それでも彼女の孫であるキープローザには守られている。周囲の人たちがどう扱えばいいのか分からなくなるのも無理はなかった。だから彼らは、安全な距離を保つように、私を見ないふりをした。

そんな城の影の中で生きていたのは、私だけではなかった。

デニー・ストリオスという老人もまた、城の片隅にひっそりと存在していた。まるでそこにいながら、どこにも属していないみたいに。キープローザの話では、彼はかつてダイアー城で側近の立場であり、偉大な魔法使いだったらしい。でも町の人に聞けば、ただの役立たずの酔っぱらいだと言われる。

キープローザとデニーの関係は、私には少し不思議だった。彼女は彼と一緒にいると楽しそうで、彼もまた、こっそりと彼女に魔法の基礎を教えていた。いつか彼女を弟子としてデルフィナードへ連れていこうとしているのかもしれない、と私は思っていた。

これまで出会った人の中で、私の力を完全に遮ることができた人はほとんどいなかったのに、彼はそれを当たり前のようにやってのけた。

それだけでも十分に不気味なのに、私が心を覗こうとするたびに向けられるあの視線は、まるですべてを見透かしているみたいで、私は彼がどうしても怖かった。

#5

キープローザとデニーのほかに、モミの木の城で私を嫌っていなかった人が、もうひとりだけいた。いとこのジェイムだ。

ダイアー家の血を引く男子の中で最年長だった彼は、いずれ王となるようロジアに育てられていた。重い立場で、きっとたくさんのものを背負っていたはずなのに、それでも彼はいつも、キープローザと私にやさしく接してくれた。

とくに彼はキープローザを大切にしていて、ロジアの接し方を心から嫌っていた。父が誰であるかは私たちの罪ではないのに、レイヴンの過ちのために私たちまで罰せられるのはおかしい、と何度も言っていた。

私は城の中の政治には興味がなかったし、人に好かれたいとも思っていなかった。でもジェイムは、彼女に会いに来るたびに、こっそりお菓子やクッキーを持ってきてくれたから、彼の訪問はけっこう好きだった。

ある日、ジェイムは「冬の教え」という本を読んでくれた。それは、冬の神ネベと夏の神ネブラが、どちらがより豊かな国を作れるかを競う話だった。

ネブラは自分の国をずっと夏にして、あたたかく穏やかな暮らしを与えた。その国はすぐに豊かになり、人々は何不自由なく暮らすようになった。

一方ネベは、毎年の激しい吹雪と凍てつく風で、自分の国の人々を試した。人々は生き延びるために必死に耐え、戦い続けた。

やがて年月が過ぎたころ、富を狙った軍勢がそれぞれの地に攻め込んできた。ネブラの国の人々は、あまりに穏やかに暮らしていたせいで、あっけなく蹂躙されてしまった。けれどネベに鍛えられた人々は、侵略者を打ち払い、自分たちの土地を守り抜いた。

読み終えたあと、ジェイムは言った。ロジアはネベのような人なのだと。彼女はキープローザを大切に思っているけれど、強くするためのやり方をそれしか知らないのだ、と。

私はうなずいたけれど、何も言わなかった。

ロジアが彼女を愛しているのは、たぶん本当だと思う。けれど同時に、彼女は私をダイアー家の血から切り離した人でもある。

ダイアー家にとって、私はきっとこれからもずっと、息子の汚点を思い出させる存在でしかないのだ。

#6

どれくらい長く、私たちがモミの木の城にいられたのかは分からない。ただ、運命が私たちを動かさなければ、もっと続いていたのかもしれない。

ロジアはそれを「都合のいい結婚」と呼んだ。ジェイムとキープローザは、できるだけ早く結婚しなければならない。そうでなければ、彼女は外国の貴族に嫁がされることになる。もしジェイムが子どもを持つ前に亡くなれば、王位継承は外国の家に移ってしまう。それだけは、ダイアー家として絶対に許せなかったのだ。

キープローザはジェイムのことを大切に思っていた。でも、この城に一生閉じ込められることは望んでいなかった。それに、私の力が強くなりすぎていることも、きっと気にしていたのだと思う。私は彼女の心を読まなくても、それくらいは分かった。

だから私たちは、すぐにこの国を出るための準備を始めた。

翌朝、彼女は分厚い毛皮のコートに私をくるみ、いくつかの荷物を抱え上げた。

「旅に出るの。ふたりきりで」

少しだけ無理に明るく言いながら、彼女はそう言った。

「きっと楽しいわ」

「どこに行くの?」

私がそう尋ねると、その朝になって初めて、彼女は本当に嬉しそうに笑った。部屋の中を大げさに見回して、まるで誰かが隠れていないか確かめるみたいにしてから、そっと身をかがめながら小さな声でささやいた。

デルフィナードに行くのよ」

デルフィナードは、ずっと彼女の夢だった。けれど、私の夢ではなかった。デニーと学んでいるような魔法は、私の中にある力とはまったく違う。私の魔法は、本や教えを必要としない。ただ、そこにあるだけだった。

それでも、彼女がいなくなるのなら、モミの木の城に私の居場所はなかった。

私は用意されていた小さな荷物を持ち上げて、彼女のあとを追い、馬小屋へ向かった。

その日の朝は早く、私たちは南へ続く道を駆けた。城が視界から消えるはずの曲がり角に差しかかったとき、大きなモミの木の影に、ひとりの人影が立っているのが見えた。

ジェイムだった。

彼は何も言わず、ゆっくりと歩み寄り、私たちの馬のあいだに立った。彼の心は、私にはうまく言葉にできないほど、いろいろな感情でぐちゃぐちゃになっていた。

彼は目を上げないまま、丁寧に包まれたふたつの荷物を差し出した。ひとつはキープローザのための本の束。もうひとつは、私のためのお菓子だった。

彼女の胸に、静かな悲しみが広がるのを感じた。それでも、ふたりは一言も交わさなかった。

長い沈黙のあと、彼女はそっと手綱を引いた。

「行きましょう、ナナ」

そう言って、馬を前へ進めた。

「急がないと」

第2章 デルフィナード(ジン)

#1

デルフィナードへの旅は決して簡単ではなかった。キープローザにとっても私にとっても、こんなにも遠くへ二人きりで旅をするのは初めてのことだったからだ。私たちは自分たちの未熟さを、すぐに思い知ることになった。

ある夜、雪をしのぐために大きな焚き火を起こしたあと、キープローザは近くの小川へ水を汲みに行き、私は馬とともに残された。私は馬が異様に神経質になり、暗闇を見つめながら恐怖を感じているのを察した。そのとき、背後から低いうなり声が聞こえ、振り向いた。狼だ。

狼たちは、恐慌に陥った馬へと一斉に襲いかかった。馬は暴れ、綱を引きちぎり、キープローザの愛馬は夜の闇へと駆け去っていった。思わず叫びがこぼれた。この雪の中であの馬を見つけることは、もうできないと分かっていたからだ。

周囲では、狼たちがより遅く、より弱い獲物へと迫っていた。そのとき、私の内側で怒りとともに、力が溢れ出すのを感じた。血が燃えるような感覚のまま、私は最も近い一匹へと向き直った。

「よくも……!」

私は叫んだ。

狼は、その場で凍りついた。私は踏み出し、その精神に、自分の意志を押し込めた。二歩目を踏み出したときには、もう決着はついていた。狼は地面に崩れ落ち、傷ついた子犬のように、かすれた声で鳴いていた。

#2

山を下る残りの道を、私たちは狼に乗って進んだ。キープローザは最初こそ警戒していたけれど、群れのリーダーさえ従わせれば他の狼も従うと説明すると、しぶしぶ納得した。それでも安心している様子ではなかったけれど、歩いてデルフィナードまで行くわけにもいかなかった。

「馬を逃がした埋め合わせよ」

そう言って、彼女を納得させていた。

私はそのまま街の門まで乗っていきたかったけれど、彼女に止められた。私たちは仕方なく平原で狼から降り、慎重に荷物を降ろした。

狼たちは、すべての荷物を降ろし終えたあとも、震えながら地面に伏していた。彼女は私に厳しい視線を向け、私はわざとらしく目を逸らし、それでも少しだけ罪悪感を覚えながら彼らの拘束を解いた。すると狼たちは、まるで体に火がついたかのように、鳴きながら森へ逃げ去っていった。

キープローザには言いたくなかったが、狼を解くのをためらっていたのには、別の理由があった。

彼らを支配するために自分の力を使うことが、心地よかったからだ。うまく説明できないが、満たされるような感覚だった。

頭の中の声は、私の力を喜んでいた。群れのリーダーの精神を支配したとき、勝利を叫んでいた。そしてもし私が自分の力を完全に受け入れれば、壮大な運命が待っていると囁いていた。そして新たに目覚めた私の一部は、それを強く望んでいた。

狼を解放したあと、私はよろめき、声たちは失望して嘆いた。私は彼らを裏切ったのだ。私は突然冷たい絶望に満たされた。

キープローザが私の異変に気づき、手を取った。その瞬間、声は消えた。たったそれだけで、彼女は声を遮断したのだ。私は驚きながら彼女を見上げ、その瞬間、言葉にできないほど彼女を愛おしく思った。

「大丈夫?」と彼女が尋ねた。「たぶん」と私は震える声で答え、彼女の手を強く握った。

ずっと、このままでいたいと思った。

#3

私はこれまで、キープローザが人の心を読むことが苦手なことに感謝したことはなかった。しかし、自分の力と声との関係に苦しんでいた私は、彼女がそれに気づかないことに安堵していた。

しかしその夜、その弱さは私たちに大きな代償をもたらしかけた。

私たちは平原の外れの粗末な宿に到着した。宿では老婆が出迎え、食事と寝床を提供してくれると言った。私たちは代金について言い合いをしたが、老婆は夜の道は危険だから朝まで滞在するべきだと言い張った。最終的にキープローザが折れた。

私はあの老婆が真実を言っていないと感じていたが、まだ狼のことで頭がいっぱいで、深くは考えなかった。私は食事が来るまで、キープローザの膝に頭を預けて休むことにした。いつも通り彼女が守ってくれると信じていた。

しばらくして目を覚ますと、私たちは縄でしっかりと縛られていた。老婆の優しい笑みは消え、歪んだ笑いを浮かべていた。骨ばった指でキープローザの顔を左右に向けさせていた。私は彼女の心を覗き、すべて理解した。

その女は奴隷商人だった。やがて仲間が来て私たちを連れ去り、死ぬまで使い潰される。女は私たちを裏切ったのだ。そしてその爪は、商品を品定めする商人のようにキープローザの顔をつかんでいた。

私の胃は嫌悪でよじれ、怒りで燃え上がった。再び声が歓喜し、私は力を呼び起こした。そして再び彼らの声で話した。

「やめろ!」

私の声に、女は動きを止めた。

「縄を解け」

彼女は従った。私は立ち上がり、その裏切りに怒りで震えていた。彼女が他の女や少女たちに何をしてきたか、すべて見えていた。

「今すぐその喉を掻っ切りなさい」

私は声を低めて言った。キープローザが息を呑む中、女は自分の喉を切った。その時、扉から二人の男が入ってきた。

「互いに殺し合いなさい」

二人は同時に互いの心臓を突き刺した。

私はキープローザを引きずるようにして、その場を離れた。床にはすでに血が広がり始めていた。

私とキープローザは、夜の中を無言で歩き続けた。明かりのない田舎道を、ただ手探りで辿るように進んでいった。彼女の意識が、衝撃から少しずつ浮かび上がってくるのを、私は感じた。

やがて、どれほど時間が過ぎたのか分からなくなった頃、彼女が口を開いた。

「どうして……?」

かすかな、ささやくような声だった。

「ローサを傷つけようとしていたから」

私は眉をひそめながら、簡潔に答えた。暗闇の中で、彼女がうなずいたのを、見るでもなく感じ取った。

「どうやって……?あれは……狼のときと同じなの?」

私は肩をすくめた。

「簡単よ。ただ、思い通りに動かしてるだけ」

歩きながら、キープローザは私の手を強く握った。その手から、不安や愛情、そして迷いが伝わってくる。けれど、そこに恐怖はなかった。彼女は、私が決して自分を傷つけないと知っていた。

「……ねぇ、ナナの言う通りだったわ。あの人たちは、きっと私たちを傷つけるつもりだった。でも、あなたのやり方は……。約束して。どうしても他に方法がないとき以外は、二度とあんなことをしないって。あんなふうに人を殺すのは、良いことじゃないわ」

彼女は言った。私は彼女の手を握り返した。あの行いを、こんなにもあっさり受け止めてくれたことに感謝しながら。

「約束する」

その時の私は、本気でそう思っていた。

#4

デルフィナードの外縁にたどり着くまで、徒歩でほぼ一週間かかった。その間に、キープローザはすっかり本領を発揮するようになっていた。まるでモミの木の女王のように、宿屋の主人と代金を交渉し、気の強い商人たちとも堂々と言い合っていた。

デルフィナード図書館に到着する頃には、私たちはすっかり自信に満ちていた。旅路の最悪を見て、それでも生き延びてきたのだ。二人で力を合わせれば、もう誰も私たちを止められないと思っていた。図書館の入口に立つ衛兵たちに出会うまでは。

どうやら図書館には、正式な身分証を持つ学生しか入ることはできないらしい。

道中、私たちは身分を偽造してくれるという、いかにも怪しげな人物に何人も出会っていた。逃亡者というのは、腕のいい書記にとっては格好の商売相手なのだ。

そこで私たちは、街でそういう人間を探そうと考え、近くの胡散臭い酒場へ向かった。

酒場に入ると、それとなく何度も探りを入れられ、ようやく奥の静かな席へ案内された。そこにいたのは、顎ひげを生やした男だった。私たちを自宅へ連れて行って、必要な書類を喜んで偽造してやると言った。

キープローザは私を見て、片眉を上げた。私は言った。

「嘘つき」

男は憤って言葉を詰まらせたが、私たちが席を立つと同時に、キープローザは滑らかな動作で腰のナイフを引き抜いた。男がどうするべきか考えているのは感じ取れたが、周囲に人が多すぎると分かっていたのだろう、動くことはできなかった。

そのとき、少し離れた席で酔っ払い同士の乱闘が始まった。私たちは距離を取ろうとしたが、ほんの数秒で酒場全体が混乱に包まれた。椅子や瓶が次々に割れ、酔客たちは嬉々として血の騒ぎに加わっていった。

その瞬間、私は自分の中で力が膨れ上がるのを感じた。逃げ道を求めて、あの力がうずいていた。けれど、私はそれを押しとどめた。

キープローザと約束したのだ。他に手段がないとき以外は使わないと。代わりに私は近くのテーブルの下に身を潜め、乱闘の様子を見守ることにした。

そのとき、私は初めてジンとタヤンを見た。

荒れた髪の若い男と、寡黙なフェレの相棒。二人は背中合わせに戦い、周囲を取り囲む酔っ払いの群れを、まるで子供でも相手にしているかのように蹴散らしていった。若い男は一撃受けるごとに十倍の打撃を返し、フェレに至っては、相手は風を殴ろうとしているかのようだった。

私は、その様子に目を奪われていた。けれども、二人の戦いを見ているうちに、奇妙な不安が胸に広がっていった。頭の中の声が、恐れと怒りを帯びて囁いた。

「今だ。攻撃しろ。隙を突け。力を解き放て。運命を掴め」

私は首を振り、乱闘に集中するために、その声を振り払おうとした。

「糸を見ろ!」

私は目を細めた。そして気づいた。何かが見えた。細い光の糸のようなものが、ある男から漂うように伸びていた。私はそれを目で追った。乱闘の中を縫うように揺れながら、その先へと。

「ローサ……?」

私は即座に立ち上がり、力を呼び寄せた。男が、私の姉に何をしようとしているのかは分からなかった。だが、そんな機会は与えなかった。

内側で、闇がほどけていくのを感じながら、私は踏み出した。男の精神へ踏み込むため、力を集め――。その瞬間、背後から衝撃を受けた。視界が暗転し、私は前のめりに倒れ込んだ。そのまま、意識は闇へと沈んでいった。

#5

目を覚ましたとき、私は暗く施錠された部屋の中で、汚れた簡易ベッドの上に横たわっていた。後頭部がずきずきと痛み、小さな窓から差し込むわずかな光を見ただけでも、思わず顔をしかめた。それでも無理やり体を起こし、つま先立ちになって窓の外を覗き込み、周囲の様子を確かめた。

嫌な予感は当たっていた。

もう酒場にはいない。私は見知らぬ家の二階にいた。デルフィナードの大都市に広がるスラム街の家だ。そして、キープローザをどうやって探せばいいのか、まるで見当がつかなかった。

汚れた通りを見下ろしながら、どうにか策を考えようとしていたそのとき、背後で鍵が鳴る音がした。

私はすぐに振り向き、身を低くして構えた。入ってくる者を打ち倒すため、力を呼び起こした。だが、扉が開く直前、私はためらった。私はキープローザに約束したのだ。どうしても必要なとき以外は、殺さないと。もし私たちが離れ離れになった直後に、また同じことをしてしまったと知ったら、彼女はどう思うだろう。

扉が開いた。酒場で見た、あの顎ひげの男が入ってきた。その隣には、荒くれ者のような男が、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

私は二人が三歩、部屋の中へ踏み込むのを待った。そして、その体をまるで石像のように凍りつかせた。

しばらくのあいだ、私は何も言わずに彼らを見つめた。自分たちが置かれている状況の無力さを、じっくり味わわせるように。やがて汗が服に滲み、私の意志に抗おうとする哀れな試みのせいで、彼らの手足は震え始めた。

殺すのは、あまりにも簡単だった。キープローザに知られることもない。やがて私は、ため息をついた。

「さて、と……間抜けども。下へ案内して、朝食でも用意しなさい。今日は、最悪な一日になるわよ」

私は、少しだけ口元を歪めながら言った。

第3章 タヤンとブラックナイト(タヤン)

#1

私は彼らの家の台所で食卓につき、運ばれてくる食べ物を一片たりとも残さぬ勢いで平らげていた。

力を使うとお腹が減るし、何よりキープローザとともに城を離れてから、まともな食事をしていなかった。

空になった皿が積み上がっていってもなお、私は食べ続けた。どれほど食べても、この飢えが満たされることはないように思えた。

「もっと食べ物を!」

私が命じると、不本意な料理人となった二人は、人形のように飛び上がって動き出した。彼らの疲弊した四肢は、もはや自分のものではなくなった手足を取り戻そうとしているかのように、不自然に痙攣しながらも命令に従った。

私は満足げに椅子へ身を預けた。心の奥で囁く声たちが、その行いを認めるように私を撫でた。

キープローザが私を見つけたのは、昼頃になってからだった。台所へ飛び込んできた彼女に気づき、私は顔を上げた。

「あら、ローサ。朝飯でもどう?」

羊の脚肉を片手に、私はにこやかに言った。彼女はテーブルを回り込み、私を抱きしめた。

「大丈夫。大丈夫よ」

私は彼女を安心させるように、声を落として続けた。

「この人たちには、何もしていないわ」

彼女はもう少しだけ強く私を抱きしめながら囁いた。

「……良かった」

その時、彼女の肩越しに、若い男とフェレ族の男の二人組が静かに戸口をくぐるのが見えた。二人は、屈強な犯罪者たちがぎこちなく私の朝食を作っている光景を見て顔を見合わせたが、何も言わなかった。キープローザは私から離れると、身なりを整えた。

「ナナ、こちらはジンとタヤン。あなたを探すのを手伝ってくれたのよ」

そう言って来訪者たちを示した。私はジンがあまり好きではなかった。昨夜、酒場で見た運命の糸が、今も彼とキープローザを結びつけているのが見えたからだ。そして私は、彼が彼女にもたらすであろう苦しみを感じ取っていた。

私は冷たくジンを見つめながら、誘拐犯たちへの支配を解いた。彼らは力尽きたように台所の床へ崩れ落ちた。ジンは彼らから私へと視線を移し、慎重な敬意を込めてゆっくり頷いた。

ジンは私たちを家の外へ案内した。タヤンは少しだけ中に残った。キープローザが理由を尋ねると、ジンは口元を歪めながら説明した。

「俺とタヤンはシャドウホークだ。そしてここはシャドウホークの縄張りだ。あの連中は俺たちの土地で誘拐なんてするべきじゃなかった」

彼は肩をすくめながら続けた。

「タヤンが……あいつらにそれを説明している」

家の中から、ひとり分の苦痛が弾けるのを感じた。私は小さく微笑んだ。

私はタヤンが好きになった。

#2

家の前には巨大なスノーライオンが待っていた。ジンはその獣をブラックナイトと紹介した。

私はその誇り高い魂を感じ取った。全身の筋肉に秘められた致命的な力も。とても美しかった。

「触るな!」

私がブラックナイトを撫でようと手を伸ばした瞬間、ジンが慌てて叫んだ。

「そいつはタヤンにしか懐かないんだ! 他の奴が触ろうものなら……」

言葉は途中で止まった。ブラックナイトが巨大な頭を私の手に擦り寄せたからだ。

「いい子ね」

私は漆黒の毛並みに指を埋めながら囁いた。ジンは何かぶつぶつ言うと、呆れたように首を振った。

外へ出てきたタヤンは、私がブラックナイトを撫でているのを見て少し驚いたようだった。だがジンがキープローザを自分の馬に乗せると申し出ると、タヤンもまた、自分のほうへ私を招いた。

私はブラックナイトとタヤンの間にある強い絆を感じ取った。それは長い年月を共に生きてきた者同士だけが持つ、言葉を必要としない関係だった。

すべての関係が、あんなふうに単純ならいいのにと思った。

#3

私とキープローザは、デルフィナードで生活の基盤を築くまでの間、シャドウホークの館に部屋を与えられた。

キープローザはシャドウホークたちのために料理や掃除をしながら、図書館へ入る方法を探していた。

私は料理も掃除も好きではなかったので、デルフィナードの街を、タヤンとブラックナイトの後について歩き回っていた。

最初のうちは、キープローザは私が寡黙なタヤンを困らせるのではないかと心配していたが、彼は気にしていないようだった。

タヤンは誠実な男だった。私は初めて会った瞬間からそれを知っていた。

ある晩には、一緒に街を見回りながら露店の食べ物を失敬し、人生の不思議について語り合った。またある時には、ただ互いの存在を感じるだけで十分だった。

私たちは夜の影のように、数え切れない路地を静かに歩き回った。今でもあの時間は、私の最も大切な思い出のひとつだ。

デルフィナードで過ごした日々の中で、ブラックナイトもまた私にとって大切な友となった。

ほとんどの動物は私を恐れるか、あるいは敵意を向ける。だがタヤンの高貴なスノーライオンだけは決して私を恐れなかった。

ブラックナイトの前では、本当の自分を隠す必要がなかった。隠された爪のことも、夜の闇をさまよいたい衝動も理解してくれていた。

時には、タヤンや他のシャドウホークたちが眠った後、こっそりブラックナイトを連れ出すこともあった。夜風を切って駆ける感覚は、それまで味わったことのないものだった。なぜなのかは分かっていた。これこそが私の一部なのだと。

自由、危険、そして闇。そんな夜には、心の中の声たちが荘厳な賛歌を歌った。デルフィナード中に聞こえてしまうのではないかと思うほどに。

#4

ある日、タヤンは奇妙な石を持ってきた。表面は滑らかで、いくつもの穴が穿たれている。

「風石だ」

そう言って、彼は説明した。

「スノーライオンの乗り手がこれを風にかざすと、特別な音が生まれる。その歌は、乗り手ごとに違う。そしてスノーライオンごとにも違う」

タヤンは意味ありげに私を見た。私は少しだけ後ろめたさを覚えた。ブラックナイトとの秘密の夜遊びが、どうやら秘密ではなかったらしい。

だがその直後、彼は微笑みながら風石を私に差し出した。私はなにも問題ないのだと理解した。

その日、タヤンは風石の奏で方を教えてくれた。

私は彼の腰にしがみつきながら、ブラックナイトと共にデルフィナード郊外の陽光あふれる草原を駆けた。風が四方から吹き抜ける中、タヤンは石を掲げ、角度を変えながら風そのものから音楽を引き出した。

タヤンの歌は美しかった。それは鳥の歌だった。広い空の歌だった。果てしない平原を渡る草波の歌だった。

自由の歌。希望の歌。そして、すべての真のフェレ族が従う生命の大いなる輪の歌。

それはタヤンの魂の音だった。私は彼の背中に顔を埋め、泣かないように必死だった。

#5

次にブラックナイトと駆けた時、私は風石を持って行った。

いつものように走った。荒々しい風が脇を吹き抜け、道を照らすのは星明かりだけだった。私は手を上げ、風石を高く掲げた。

しかし、私の歌は、タヤンのものとは違っていた。私の歌は夜を引き裂く哀哭だった。反逆の意志に満ちた叫びだった。甲高く、妖しく響くその音は、野の生き物たちを巣穴へと追いやった。

それは勝利だった。

それは憤怒だった。

それは絶望だった。

その一音一音が私の心に響き渡り、胸が張り裂けそうになるほどだった。

走り続けるうちに、心の中の声たちが、風石の歌に加わっていることに気づいた。私が夜空を駆ける間、彼らは私の魂から生まれる異界の旋律に合わせて歓喜の声を上げていた。

「女王が来る!」

彼らは歓喜に震えながら叫んだ。

「待ち続けた日々が、まもなく終わる!」

「闇の女王が来る。そして我らは自由になる!」

その時、私は理解した。彼らの言う女王とは、私のことなのだと。

この自由を受け入れること。自らの力を受け入れること。自らの生まれながらの権利を受け入れること。私は、それらがキープローザを永遠に置き去りにすることを意味していることを知った。

彼女は、決してあの声たちが示す道を歩むことはできない。

私はその夜、よく眠れなかった。